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羽ばたけ日本人選手よ!大リーグで勝ち抜くための力とは?

月夜の侍

1995年に野茂英雄氏が大リーグの重い扉を開けて以来、多くの日本人選手が最高峰の舞台に挑戦してきた。栄光のリングを輝かせる勝者もいれば、志半ばにして米国を後にする名選手もいた。その火花を散らす激戦を生き抜くために必要なものとは一体なんだろうか。

大リーグ挑戦に必要な柔軟性と順応性

これまで大リーグ*1に挑んできた日本球界屈指の選手たちは、日本プロ野球との違いに窮してきた。例えば投手なら硬いマウンド*2や滑りやすいボール*3などに、野手なら大リーグ特有の動くボールや天然芝のグラウンド*4などに苦心惨憺(さんたん)した。

投手は日本のマウンドのように柔らかくて掘れてしまう土に対応するため、自然と重心の低い投球フォーム*5が作り上げられる。しかし、大リーグの硬いマウンドでは同じ動きができず、投球フォームの微調整が必要となる。投球フォームは投手にとって生命線であり、ガラス細工のような繊細さを伴っている。つまり、一度大きく崩してしまえば、けがはおろか結果を残せず引退にもつながってしまう。

ボールは日本より滑りやすいだけでなく、一球ごとに縫い目の幅や高さが異なる。そのため、単純な「日本と米国のボール」という単純な分別のみで適応できるほど、甘っちょろいものではない。滑りやすさは必要以上にボールの強い握りを要し、疲労度や肘への負担が増す傾向もある。大リーグで活躍する日本人投手の「肘のけが」との因果関係はゼロではないはずだ。

こうした日米の差異に適応するため、ロサンゼルス・ドジャースやニューヨーク・ヤンキースなどで活躍した元広島東洋カープの黒田博樹氏は日本と異なる調整を導入していた。肩肘の負担と体力の軽減を抑えるべく、試合前のブルペン*6での投球数をどんなに調子が悪くても36球までに「仕上げる」工夫をしていた。ブルペンで投げ込み過ぎてしまうと、大リーグの「中4日」のローテーション*7では持久力がなくなってしまうからだ。また、前述したボールの特徴に合わせて、その都度柔軟に手の握りを変え対応していたそうだ。

一方、野茂英雄氏や石井一久氏のように、「日米の違い」を過剰に意識せず、マウンドやボールにも在るがままに適応してしまう好例もある。広大な米国の長距離移動も、ほとんど寝ていたので負担にならなかったそうだ。その豪快さにはあきれるどころか尊敬の念すら覚えてしまうほどだ。

今季からロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムで活躍している大谷翔平選手も、オープン戦*8で調整に苦しんだ。しかし、そのような状況に陥りながらも、時にはあまり気にし過ぎない「鈍感力」の必要性を話している。もしかすると大リーグ適応への近道は相違を広く受け入れられる「大胆さ」なのかもしれない。

自分はこれで勝負するという個性

大リーグの監督やコーチ*9は選手たちを積極的に指導しない。試合で結果を出すため、おのおのでやりやすいように準備させる考え方だ。いい意味で選手を大人として扱っている。だから、選手は自らの実力を売り込み、特色や長所を見せ付けていかなければならない。

そういう点では日本時代からかたくなに貫徹したトルネード*10投法の野茂英雄氏や、球速ではなく絶妙な制球力とスプリット(SFF*11)で勝負した現読売ジャイアンツの上原浩治選手が典型的だ。

また、大リーグでは優れた成績こそ残せていないが、複数の守備位置を守れるユーティリティープレーヤー*12として個性を発揮した川崎宗則氏も忘れてはいけない。川崎氏はムードメーカー*13として突出した持ち味があり、これまで所属した全球団でチームやファンからも愛された。2016年に所属したシカゴ・カブスでは、プレーオフ*14のベンチ入りはならなかったものの、盛り上げ役の力量を買われてチームに帯同。チーム108年ぶりのワールドチャンピオンを縁の下から支えた。

さらに、今季は「二刀流」という強烈な個性を携えて勝負する大谷選手が活躍を続けている。

卓越した実力がなければ大リーグへの挑戦は不可能だ。しかし、それだけではなく、「唯一無二の個性」を持つことが必須である。弱肉強食の縮図でもある大リーグを生き抜く上で、自らを支える重要な土台となるはずだ。

「ベースボール」を楽しむ気持ち

日本プロ野球と大リーグの違いは野球を取り囲む雰囲気にも顕著に現れる。特に公式戦前のキャンプ*15では日本では優に100球を投げ込み、激しいノック*16の雨あられ、長時間の打撃練習などの過酷な猛練習は有り触れた一幕だ。

一方、大リーグのキャンプは走り込みや守備練習などを烈々とこなす雰囲気はない。どこか気の抜けたような緩さも見られ、好敵手となるはずの選手間にも笑顔がしょっちゅうこぼれている。そこには悲壮感のようなものはなく、ぴりぴりと張り詰めた空気とは無縁だ。

また、選手とコーチの関係も特有の上下関係で線引きされておらず、気兼ねなく話し掛けられる空気感がある。「あれをしろ」「これをしろ」などの命令的な指導ではなく、助言を求めると気づいた点を指摘してもらえるといった具合だ。

ただし、これは実力の備わった自己管理ができる選手だから成立するものであろう。たとえ一定の水準に到達した選手であっても、結果を残せなければ即マイナー*17落ちや首を宣告される厳しさと背中合わせである。しかし、選手に一任した調整法は実力を発揮しやすい環境とも取れるではないだろうか。

日本の熾烈(しれつ)を極めた練習環境も実力向上には必要だろう。しかし、好きな野球を楽しむ気持ち。これは最高の結果を残すために重要な要素であるはすだ。それは世界最高峰である「夢の舞台」に立った選手にしか許されない特権でもあるのだから。

まとめ

あの長嶋茂雄氏や王貞治氏をはじめ、昭和の名選手たちが憧れた海の向こう。挑戦することさえ許されなかった大リーグへ、非難を浴びながらも飛び込んだ野茂氏。固く閉ざされていた道は切り開かれ、幾多の日本人選手が後に続いた。

世界の一流と相まみえることは異文化との戦いでもあり、それは日本という文化を再認識する道程でもあるのだ。

日本を生かし、野球の個性を育む。そして、新しい文化を受け入れたとき、刀をバットに持ち替え、「侍野球」は「ベースボール*18」に斬り込むことができるのだろう。

*1:(major league)アメリカ二大プロ野球リーグのこと。アメリカン‐リーグとナショナル‐リーグで構成。メジャー‐リーグ。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*2:【mound】野球で、投手が投球を行う場所。土を盛って高くしてある。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*3:【ball】ゴムまたは革などで作ったまり。球。また、球状のもの。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*4:【ground】運動場。野球などの競技場。グランド。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*5:【form】運動の動きや姿勢の型。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*6:【bullpen】(「牛の囲い場」の意)野球の試合中、投手が肩ならしをする、囲いのある投球練習所。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*7:【rotation】(回転・循環の意)野球で、先発投手の順番を決めて起用すること。また、その順序。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*8:プロ野球などで,公式戦の開幕前に調整のため行う非公式試合。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*9:【coach】競技の技術や戦術などを指導すること。また、それをする人。コーチャー。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*10:【tornado】(もとアフリカ海岸に起こる嵐の名)北アメリカ中南部に発生する大規模な陸上竜巻(たつまき)。直径は数百メートルから1キロメートルに達し、強風・強雨・降雹・雷雨を伴い、家や樹木を巻き倒す。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*11:【split fingered fastball】スプリット-フィンガー-ファーストボール。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*12:【utility player】いくつものポジションをこなせる選手。万能選手。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*13:(和製語 mood maker)その場の雰囲気を盛り上げる人。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*14:【play-off】引分け・同点のときの決勝戦。リーグ戦の終了後に行う優勝決定戦。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*15:【camp】スポーツ選手などの練習のための合宿。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*16:【knock】(野球用語)守備を練習するためのボールを打つこと。また、その守備練習。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*17:【minor】マイナー-リーグの略。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*18:【baseball】野球。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)