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フライボール革命が化学変化?日米野球の違いと独自の進化

夕暮れ時の野球場の照明灯

今や大リーグを席巻しているフライボール革命。海を渡り日本にも波は押し寄せつつあるが、野球に対する意識の相違や身体的な能力差などから万人向けの大革命とはいかないようだ。それでは、日本ならではの強みを生かした戦術を探っていきたい。

フライボール革命の初弾記事はこちら
野球の常識が覆される!フライボール革命とは?

フライボール革命に必要な要素

打球速度158キロ*1以上で30~35度の角度で捉えた打球は8割以上の確率でヒット*2かホームラン*3になる。この「バレルゾーン*4」がフライ*5ボール革命の根本となる。ここで要点となるのは「打球速度」だ。

大リーグ*6の打球速度のランキング(2017年)

順位 選手名 所属チーム 打球速度 結果
1位 G・スタントン マーリンズ 196.7km/h ヒット
2位 A・ジャッジ ヤンキース 194.9km/h ホームラン
3位 A・ジャッジ ヤンキース 192.8km/h ヒット
4位 A・ジャッジ ヤンキース 192.2km/h ホームラン
5位 A・ジャッジ ヤンキース 191.5km/h 二塁打

バレルゾーンの基準値である158キロを33・5~38・7キロも超えており、いずれも結果はヒットかホームランとなっている。また、上位5位までが昨季の本塁打王の2人のみとなっているのも興味深い。続いて、打球速度の平均値の順位を見てみよう。

大リーグの打球速度の平均値ランキング(2017年)

順位 選手名 所属チーム 平均打球速度
1位 A・ジャッジ ヤンキース 152.7km/h
2位 N・クルーズ マリナーズ 149.9km/h
2位 J・ギャロ レンジャーズ 149.9km/h
4位 M・サノ ツインズ 148.7km/h
5位 K・デービス アスレチックス 148.5km/h

誰もがバレルゾーンの基準値である158キロに一定して到達できていない。もちろん投球速度との相関関係はあるだろうし、タイミング*7の問題によってスイング*8の強弱も変わってくるはずだ。

しかし、他の選手よりもバットを強振できるからこそバレルゾーンで投球を捉えられるのだ。そして、ヒットやホームランにつなげられる。しかし、身体能力*9が世界屈指の「大リーグの怪物」でも常時バレルゾーンの数値は出せないのが事実だ。つまり、基礎体力で劣る日本人選手が能力的に不利なのは明白である。

日本人選手はフライを打つべきか?

無論フライを上げることに注力し、福岡ソフトバンクホークスの柳田悠岐選手のように結果を出した好例もある。電光石火のスイングと圧倒的な馬力でバレルゾーンに近い打球速度と打球角度を出せる日本人選手もいる。

しかし、誰もが柳田選手ほどの非凡の才を持っているわけではなく、フライボール革命が選手を「選ぶ」のは確かだ。ここで焦点を絞るべきは特定の選手が一定以上のスイングの速さや腕力などの身体能力を持っているかの見極めだ。そして、日本人の体格に合わせた打法であるライナー*10やゴロを打つ選手とのすみ分けが必要だ。大リーグでフライボール革命が猛威をふるう中、日本人選手の誰もかれもがフライを打ち上げようとするのは退化の一面もあるはずだ。

再評価される日本の短距離打者

以上の観点からも長距離打者と短距離打者とは指導法が異なってしかるべきである。もし今後フライボール革命が日本でも定着するとしても、全ての選手が習得できるものではない。選手の類型によって指導が分化していくことが予想される。

大リーグのように打球データ*11を多角的に分析し、極端なシフトを敷くのは日本でも十分考えられる。ところが、シフトを敷けば裏をかける「器用さ」が世界に誇る特長だ。長打を狙える打者ばかりでなく、単打や意表を突ける選手がいる。幾通りもの角度から相手を揺さぶれるのが日本の「野球」なのだ。

フライボール革命の日本上陸は長距離打者の技術革新に一役買うのは間違いない。一方、進塁打や空振りの少なさなど短距離打者特有の技術力が大きく取り上げられ、「日本野球」が逆に深化すると考えられるのだ。

大味な野球となる大リーグの未来?

昨季は年間総本塁打が過去最高6105本を記録し、本塁打全盛期の大リーグ。さらに、セイバーメトリクス*12理論に基づく2番を強打者にする打順が当たり前になったため、バントや盗塁をはじめとする作戦が激減している。

大リーグ盗塁数の推移

年度 盗塁数
1987年 3585盗塁
1997年 3308盗塁
2007年 2918盗塁
2017年 2527盗塁

大リーグのバント数

年度 バント数
2011年 1667個
2017年 1025個

セイバーメトリクスによれば、無死一塁の場面でのバント*13は強打を選択するよりも得点率が落ちる。また、盗塁を企図するならば70%以上の成功率がないと、アウト*14になった際の損害と比較して有効な戦術にならないとされている。フライボール革命と並び大リーグの各チームが取り入れているセイバーメトリクスの理論によって、強打の作戦を執るチームが増えている。

しかし、その理論には盲点もある。それはバントを用いたことによる相手への心理的な有効性はおろか、後続する打者の能力や波及効果の詳細が分析されていないことだ。試合序盤の送りバントよりも終盤の方が相手チームに精神的な重圧をかけられるのもその一つだ。また、バントと見せ掛けてのヒットエンドラン*15など守備陣形を崩してからの攻撃の効果なども無視されている。

日本の一流ピッチャー*16たちが軽々とホームランを浴びる大リーガー*17たちの腕力には脱帽だ。一方、動揺の誘発や弱点を徹底的に突くような戦術的な攻撃は鳴りを潜め、単調な試合運びが目立つ。大胆な守備シフトに対抗し、出し抜いてバントや打ち方を変えないのが大リーグの通例だ。すなわち、得点効率のデータに変化がもたらされない限り、基本的に強打を選ぶ攻撃は今後も続くはずだ。

大リーグの長打重視の傾向は豪快かつ華やかな「点取り合戦」が増え、観客にとっては魅力的かもしれない。しかし、打つだけ投げるだけの大味な野球となってしまう嫌いがあるのだ。

まとめ

フライボール革命やセイバーメトリクスの隆盛により、データ主義の効率性重視の野球が主流となっている大リーグ。バントや盗塁を用いずに強打を選択し、なおかつバレルゾーンを意識したフライを上げる打撃が普通になりつつある。

一方、日本のプロ野球は一部の選手がフライボール革命を取り入れている。しかし、動向を静観する選手やコーチも少なくない。バントや盗塁といった戦術もセイバーメトリクスの数字だけに着目すれば非効率だが、強打にかじを切るチームも少ない。

日米の文化の差や野球観の違いで片付けてしまえば終わりだが、日本の野球の売りは「打つ投げる」だけでない。走塁でかき回し、バントや進塁打でこつこつと得点圏に進め、捕手の配球や虚を突く攻撃で心理面を揺さぶる。このように多彩な方法で複合的に攻め立て、成果を求める野球であるはずだ。

今回のフライボール革命は日本の打者全員に対し、決して当てはまるものではない。むしろ前述した内容に合致する選手を育てるべきであろう。大リーグは強打を中心とした野球が主流となり、日本のプロ野球はフライボール革命を一部取り入れつつも、日本の文化に調和した野球を突き詰める時代が到来したといえる。

海外の「ベースボール」と日本の「野球」が、お互い切磋琢磨(せっさたくま)し、WBC*18やオリンピック*19といった国際大会の頂点で覇権を争ってもらいたい。

そして、大きく野球の根幹が変わっていく中で、決して安直に右に倣えをするのではなく、独自の文化を意識した進化を期待したいものである。

*1:【kilo】キログラム・キロメートル・キロリットル・キロワットなどの略。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*2:【hit】野球で、安打。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*3:【home run】野球で、本塁打のこと。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*4:【zone】地帯。区域。区画。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*5:【fly】野球で、打者が打ち上げたボール。飛球。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*6:(major league)アメリカ二大プロ野球リーグのこと。アメリカン‐リーグとナショナル‐リーグで構成。メジャー‐リーグ。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*7:【timing】適当な時を見はからうこと。時宜を得ること。また、ちょうどよいころあい。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*8:【swing】野球でバットを、ゴルフでクラブを振ること。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*9:スポーツにおける身体的資質の総称。競技上のテクニックに依存しない基礎能力。体格・瞬発力・持久力など。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*10:【liner】野球で、低い弾道で、一直線に飛ぶ強い打球。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*11:【data】立論・計算の基礎となる、既知のあるいは認容された事実・数値。資料。与件。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*12:【sabermetrics】野球データを統計的に分析し,選手の評価や戦略の立案などを行う手法の一。野球の伝統的戦略に新しい価値(犠牲バント・盗塁の効力は小さいなど)を与えたほか,選手の過去の成績から将来の成績を予測する手法も開発された。大リーグでは近年,これを実戦に採り入れるチームも登場している。〔アメリカ野球学会(Society for American Baseball Research)の略である SABR と,metrics(測定基準)からの造語〕/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*13:【bunt】野球で、バットを振らず軽くボールに当てて内野にゆるく転がす打ち方。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*14:【out】野球で、打者や走者が打席・塁にいる資格を失うこと。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*15:【hit-and-run(アメリカ)】野球で、走者と打者とが示し合わせ、投手が投球動作を起こすと同時に走者は次塁へ走り、打者は必ずその球を打つ攻撃法。ラン‐エンド‐ヒット。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*16:【pitcher】野球で、打者にボールを投げる人。投手。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*17:アメリカ大リーグに所属している野球選手。メジャー‐リーガー。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*18:【World Baseball Classic】野球で、国または地域の代表チームが世界一を争う国際大会。主催はアメリカのメジャー‐リーグ機構と選手会。2006年に始まる。ワールドベースボールクラシック。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*19:【Olympic】(「オリンピアの」の意)国際オリンピック委員会(IOC)が4年ごとに開催する国際的スポーツ競技大会。第1回は1896年(アテネ)。1924年以降、別に冬季大会も行われる。国際オリンピック大会。近代オリンピック。オリンピアード。五輪。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)