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タイのTPP参加表明!その意図と意義を多角的に考察する

ほほ笑む仏像

TPPこと環太平洋連携協定は太平洋に接する近隣国間で関税を撤廃し、自由貿易を促進させる目的で制定された取り決めだ。ドナルド・トランプ政権の米国が突如脱退したことで話題となったが、2014年4月にはタイの参加が突如表明されたのであった。

はしごを外されたTPP

港湾に山積みにされたコンテナ

環太平洋地域の先導者といえば、誰もが米国*1を思い浮かべるはずだ。実際にTPP*2締結に関しては米国加入の一報によって他国の参加が加速度的に進んだ。世界最大の消費国でもある米国への輸出によって関係国は利益を期待でき、中国*3への経済的けん制ともなったからである。

しかし、2017年1月に米国がTPP発効前に撤退を表明した。発足前に世界の統率者が撤退したことにより、行き場を失ってしまった感があったが、12カ国目の加盟国として参加に手を挙げたのがタイ*4であったのだ。

TPPに参加するタイの狙い

製品や商品を外国から輸入した際にかかる「関税*5」とは自国の産業保護のため、各国の政府が自主的にかける税金である。

EU*6諸国では日本車を輸入に最高10%の関税をかけている。例えば100万円の日本車をドイツ*7で購入すれば、消費者は110万円を支払う必要がある。つまり、EU諸国では日本車を含めた「外車」が割高になり、販売競争力が低下する。ドイツ国民はEU加盟国の自動車を購入する方が経済的と感じるはずだ。

一方、日本は外国からの輸入車に関税をかけていない。日本の製造業に対する自信と信頼の裏返しでもあるはずだ。このことからも一消費者の立場から見ると、関税は自国の製品の好悪を無視し、購入へと誘導する側面も無きにしもあらずだ。

タイの自動車事情

バンコクの夜間の交通渋滞

タイ財務省関税局は外国車を輸入する際に80%という強烈な関税を制定している。タイで日本車を購入すれば関税のみならず、諸々の税金や手数料も含めて販売価格の3倍の料金を支払わなくてはならない。つまり、100万円の自動車を購入する際の出費は300万円もの額に跳ね上がってしまうのだ。

タイ国内生産車と輸入外国車の線引き

タイの関税にまつわる理解を深めようとすると疑問が生ずる。それは日常的に目にするタイの交通渋滞を見ていた思うのだ。すなわち、300万円を優に超える自動車を購入するタイ人の経済力に対してである。その回答は関税に深く関係していた。

タイはタイ国内生産車と輸入外国車の区別を「タイの現地法人」である生産拠点が設立されているかで判断している。つまり、自動車のエンブレム*8を拠り所とせず、生産地で判断されているのだ。そのため、タイの工場で生産されたトヨタの自動車はタイの国産車と見なされ、関税の対象にはなっていない。

意外な名目的なタイ国産車

日本の自動車メーカー*9はタイに生産工場を置き、一部車種の専属生産を行っている。タイ生産のピックアップトラック*10である新型トヨタ・ハイラックス レボの日本への逆輸入*11も行われている。

しかし、日本車以外にもメルセデス・ベンツやBMWもタイに現地法人を設立している。それらの欧州高級車は「タイ産」であり、高価ではあるがタイ国民は関税を払うことなく購入できるため、タイの町中でも頻繁に目撃するのである。

タイ人の憧れの的レクサス

先日行われたバンコク*12モーターショー*132018ではレクサスの展示があり、LC500が特に人気を博していた。その値段は1695万バーツ(約5779万円/2018年5月24日現在)となっており、日本での希望小売価格*141400万円や他のドイツ車勢をはるかに上回る高値となっていた。だから、タイ人にとってレクサスこそ真の高級車とする認識が最近広まりつつあるようだ。

タイが抱くTPPへの期待

右肩上がりに増えていく硬貨

工業製品を生産する国家は他国へ売ることで利益を得られる。自国内での商売に固執するよりも世界中に目を向ければ、大きな市場を獲得することも可能だからだ。実際TPP参加によって8兆人もの人々が存在する市場と無関税取引ができるようになると評されている。それでは、タイは何を売ろうと考えているのだろうか。

タイは貿易黒字の国家

タイが今までTPP参加にちゅうちょしてきた一つの理由は明白だ。それはタイが既に貿易収支で黒字を計上しているからだ。変化の危険を伴ってまで挑戦する必要がなかったからに他ならない。

タイはたくさんの生産工場を持つ製造国である。そのため、世界各国の工業製品をタイ現地法人の製造によって製品としての販売が可能だったのだ。さらに、タイ人の技術習得の波及効果により「本物のメードインタイランド」も大幅に増加してきている。

タイと米国の特恵関税制度(GSP)の終了

タイと米国の間にはGSP(Generalized System of Preferences)こと特恵関税制度が存在し、タイからの輸入商品には一般税率よりも低い税率が課税されていた。その結果、2017年度タイは米国におよそ4000億円の貿易を行い、莫大(ばくだい)な貿易黒字を生み出していた。

ところが、2017年12月31日で更新されると期待されていた両国間の特恵関税制度が撤廃されることに決まった。そのため、タイとしては今後タイの農作物や工業製品には通常の関税がかかり、これまでの有利な条件での貿易に期待ができなくなってしまったのだ。

「世界の縫製工場」から脱却を図るタイ

以前はタイの印象を「世界の縫製工場」とやゆして呼ばれていた向きもあった。これは暗にデザイン*15は先進国で行い、縫製をタイ人にやらせれば安上がりとする考え方を反映したものであった。

しかし、この呼称には侮蔑だけが含まれているのではなく、品質に対する一定の敬意も込められており、タイ人の手先の器用さとタイ人の勤勉さによる縫製工場の品質は高く評価されていた。現在タイは国家として「世界の縫製工場」を払拭(ふっしょく)し、ファッションリーダー*16としてデザインにも取り組むように産業界全体に対して促進している。

CLMV国との役割分担

近年タイと近隣諸国であるカンボジア*17、ラオス*18、ミャンマー*19、ベトナム*20の頭文字を取ったCLMV国との関わり方が以前の諸外国とタイの関係に類似してきている。つまり、タイでデザインや開発を行い、CLMV国で生産を行う図式である。

アジア版EUであるASEAN経済共同体(AEC)の実機能の始まりによって、東南アジア諸国連合(ASEAN*21)各国との連携が強固になってきている。タイバーツ*22の為替市場における高値や人件費の上昇などにより、諸外国も生産をCLMVに発注する方向に推移しつつある。タイは国家として付加価値という名の差別化を目指し、大きくかじを切る必要に駆られているはずだ。

まとめ

河原で釣りをするタイの少年たち

うがった見方をあえて許容するなら、東南アジアの一つであるタイは雑多な貧困を抱える国家とする先入観も少なくない。しかし、現実を目の当たりにすると、会員制交流サイト(SNS*23)を利用した近代的なサービスは日本よりも普及しており、品質も世界基準である。「自由な国」であると同時に「不思議な国」でもあるタイなのだ。

その目覚ましい発展を遂げた外交上手のタイが、貿易摩擦の渦中をどのように進み、どのような道を選ぶのかに注目だ。今後タイはTPP参加を公に表明したことを含め、世界の主要な製造業国家として国際貿易による利益追求を目標とするのは間違いなさそうだ。

ふと頭をよぎるのはエコノミックアニマル*24と嘲笑された高度経済成長を経験した昔の日本だ。

われわれをとりこにするタイが轍(てつ)を踏むことはないと思うが、一抹の不安がないといえばうそになる。タイの素晴らしい文化を壊すことなく、経済的な「ほほ笑み」にたどり着いてもらいたいものだ。

なぜならば、そこには古き良き日本を感じる瞬間があるのだから。

*1:【アメリカ合衆国】(The United States of America)北アメリカ大陸中央部を占める連邦共和国。本土にアラスカ・ハワイの2州を加えた50の州と一つの特別区(コロンビア特別区)から成る。面積985万7000平方キロメートル。人口3億874万6千(2010)。首都ワシントン。住民はアングロ‐サクソンをはじめヨーロッパ系を主とするが、アフリカ系(黒人)が人口の12.8パーセント、ヒスパニック系が14.1パーセント(2004)を占め、先住民はわずか。かつてイギリスの植民地で、1776年独立宣言によって東部13州が成立、83年各国が承認、以後領土を拡大すると共に急速な経済発展を遂げた。1861年南北戦争が発生したが、戦後は中央集権を強化、20世紀両度の世界大戦を通じて、政治・経済上世界最大の国家となった。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*2:【Trans-Pacific Partnership Strategic Economic Agreement】東アジアと米州をつなぐ経済的連携の枠組み。例外品目のない自由貿易協定で,物品の貿易だけでなく,投資やサービス,政府調達など幅広い分野に及ぶ。2006 年発効。環太平洋連携協定。環太平洋戦略的経済協定。環太平洋経済連携協定。環太平洋パートナーシップ協定。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*3:東アジアの国。きわめて古い時代に黄河中流域に定住した漢民族の開いた国で、伝説的な夏王朝に次いで、前16世紀頃から殷王朝が興り、他民族と対立・統合を繰り返しつつ、周から清までの諸王朝を経て、1912年共和政体の中華民国が成立、49年中華人民共和国が成立。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*4:【Thai・泰】(Thailand)インドシナ半島中央部にある王国。旧称シャム。13世紀以後タイ人の国が起こり、先住のモン人・クメール人などを合わせ、1782年現ラタナコーシン王朝が成立、1932年立憲君主制。面積51万3000平方キロメートル。人口6598万2千(2010)。国民の大多数が仏教徒。首都バンコク。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*5:近代国家が法律または条約上の協定により、外国から輸入する貨物に対して賦課する租税。税関で徴収。従量税と従価税とがある。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*6:(European Union)欧州連合。ECの経済統合の深化・拡大に加え、外交・安全保障・司法などの面で統合を進めるための組織体。1993年、マーストリヒト条約により成立。欧州理事会・欧州委員会・欧州議会・欧州司法裁判所などをもつ。原加盟国はアイルランド・イギリス・イタリア・オランダ・ギリシア・スペイン・デンマーク・ドイツ・フランス・ベルギー・ポルトガル・ルクセンブルクの12カ国。加盟28カ国(2017)。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*7:【Duits(land)(オランダ)・独逸】(Deutschland(ドイツ))中部ヨーロッパのゲルマン民族を中心とする国家。古代にはゲルマニアと称した。中世、神聖ローマ帝国の一部をなしたが、封建諸侯が割拠。16世紀以降、宗教改革・農民戦争・三十年戦争・ナポレオン軍侵入などを経て国民国家の形成に向かい、1871年プロイセンを盟主とするドイツ帝国が成立。のち第一次大戦に敗れて(ワイマール)共和国になったが、1933年ナチスが独裁政権を樹立して侵略政策を強行、第二次大戦を誘発、45年降伏、49年東西に分裂。90年ドイツ連邦共和国として統一。言語はドイツ語で、プロテスタントがカトリックよりやや多い。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*8:【emblem】象徴。表象。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*9:【maker】製造者。特に、名の知られた製造業者。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*10:【pickup truck】セダンに似た前席を備え,ボディー外板を運転台と一体に作られた小型無蓋トラック。ピックアップ。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*11:一度輸出した製品を輸入すること。また,海外に進出した現地法人の製品を輸入すること。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*12:【Bangkok】タイ王国の首都。メナム(チャオプラヤ)河口近くにある。米・チーク材などの貿易港として発展、同国の商工業の中心。クルンテープ(「天使の都」の意)で始まる長い正式名称を持つ。人口830万5千(2010)。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*13:【motor show】新型自動車などを一堂に集めて発表・展示する会。自動車見本市。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*14:メーカーが設定する販売価格。小売業者に対して価格を拘束することは独占禁止法で禁止されているため,あくまでも希望価格にすぎない。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*15:【design】意匠計画。製品の材質・機能および美的造形性などの諸要素と、技術・生産・消費面からの各種の要求を検討・調整する総合的造形計画。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*16:【fashion leader】流行の最先端にいて,その動向を左右する人やグループ。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*17:【Cambodia・柬埔寨】インドシナ半島南東部の国。1世紀以来扶南、7世紀以来真臘(しんろう)と称した。1863年フランスの保護国。1953年立憲王国として独立。75年国名を民主カンプチアと改称。78年以来の内戦ののち、93年カンボジア王国が成立。面積18万1000平方キロメートル。人口1339万6千(2008)。住民の大部分はクメール人で仏教徒。言語はカンボジア(クメール)語。首都プノンペン。カンプチア。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*18:【Laos・老檛】インドシナ半島中央部、メコン川中流域を占める人民民主共和国。1353年にランサン王朝が興起。1893年以来フランスの保護領。1945年独立。主要民族はラオ人で仏教徒。山岳・高原地帯には多くの少数民族が住む。言語はラオ語。面積23万6800平方キロメートル。人口649万2千(2015)。首都ヴィエンチャン。ラオ。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*19:【Myanmar】東南アジア大陸部の西部にある連邦共和国。11~13世紀パガン朝が栄え、19世紀イギリスの支配下に入ったが、1948年ビルマ連邦として独立。89年現名に改称。住民はビルマ人を主とし少数民族も多い。大半は仏教を信奉。面積67万6600平方キロメートル。人口5028万(2014)。首都ネイピードー。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*20:【Vietnam・越南】インドシナ半島東部の社会主義共和国。面積33万平方キロメートル。人口8584万7千(2009)、53の少数民族を含む。前2世紀以来中国の支配に服したベトナム民族は10世紀に独立して大越と号し、版図を拡大。19世紀初め現在の領域を統一して越南と号したが、19世紀後半にフランス領となる。1945年ホー=チ=ミンのもとにベトナム民主共和国(首都ハノイ)として独立、これを認めないフランスが介入し南部を支配した。第一次インドシナ戦争の結果フランスは撤退したが、アメリカが介入して55年南部にベトナム共和国(首都サイゴン)を建て、ベトナム戦争を招いた。75年ベトナム共和国は崩壊、翌年南北ベトナムは統一して社会主義共和国となる。首都ハノイ。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*21:(Association of South-East Asian Nations)東南アジア諸国連合。1967年にインドネシア・シンガポール・タイ・フィリピン・マレーシアの5カ国で結成した地域協力機構。84年ブルネイ、95年ベトナム、97年ラオス・ミャンマー、99年カンボジアが加盟。首脳会議・調整理事会(外相会議)・事務局(ジャカルタ)などを持つ。2008年基本条約であるアセアン憲章が発効。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*22:【baht】タイの通貨単位。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*23:(social networking service)インターネット上の会員制サービスの一種。友人・知人間のコミュニケーションを円滑にする手段や、新たな人間関係を構築する場を提供する。企業や政府機関でも情報発信などに活用される。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*24:(economic animal 高度経済成長期の日本人を外国人が評した語)経済的な利益のみを追求する人を皮肉っていう語。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)