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ハリウッド顔負けの作品?CM大国タイが視聴者を魅了する!

象の頭をなでる民族衣装を着たタイ人女性

CMをはじめとする映像作品に対する国際的なコンテストは各地で行われている。その中でも好評を博す常連がタイである。さすが「自由の国」と称されるだけあって、滑稽なものから感動的なものまで表現力の幅が広く、思わず見入ってしまう名作ぞろいなのだ。

2018年5月9日:用字用語の整理。

タイ人と読書

開けられた本の上に置かれた眼鏡と横にあるスマートフォン

まずタイ*1のCM*2を語る前に、興味深い資料があるので触れておきたい。それはタイの識字率*3と学習成績に関するものだ。タイの識字率は日本の99%と比較しても遜色がない95%を超えているが、学習試験の成績は東南アジア諸国連合(ASEAN*4)構成国の中でも下層域に位置する。また、平均読書量も「1年で8行」と自虐的な冗談も存在するほど極端に少ない。あくまで統計なのだが、タイ人の読書志向の低調さを垣間見ることができる。

タイ人の国民性から見える嗜好(しこう)

一方、会員制交流サイト(SNS*5)の使用に関しては全年齢層で高使用率を示しており、映像コンテンツに対する興味の高さをうかがい知ることができる。一説によればタイ人のフェイスブック*6の平均友達数は日本人の約6倍にも上るそうだ。つまり、文字のみによる訴求よりも映像が受容されやすいタイ人の国民性を理解できる。実際にタイ政府も国民を啓発するため、積極的にCMを製作してユーチューブ*7に投稿している。

お薦めのタイCM集

撮影用に使うビデオカメラ

CMといえば日本のテレビで放送される15秒や30秒の短編を想像するはずだ。しかし、タイでは「映像作品」ならぬ長尺CMが多数存在する。その内容は商品の購入意欲の向上から何かの啓発まで多岐にわたっている。

ソンクラーン期間中の交通安全

ソンクラーンとはタイの正月に当たり、水を掛け合って暑気払いをする毎年恒例の祭りである。この期間中タイでは見ず知らずの人に水をぶっ掛けたり、粉末を塗りたくったりなどの無礼講が許されている。一方、飲酒運転による交通事故が急増する時期でもある。タイ観光局やタイ警察が市民の交通安全に警鐘を鳴らすために制作したCMである。

これは去年のソンクラーン期間中のバイクの事故死亡者数です。
あなたは今年のソンクラーン期間中にこの一部になると思いますか?

ばかじゃないの?
私はお酒を飲んできていません!

信号無視をして衝突事故を起こした直後に「飲酒運転はしていないが交通違反をする」の警告が発せられる。

急展開の内容と生々しい交通事故の描写にあっけにとられたはずだ。ちなみに、女性の頭髪や服がぬれているのは道すがら水を浴びせられたのだろう。一見すると見逃してしまいそうだが、水掛け祭りをしっかりと意識させる心憎い演出である。

さらに、次の場面では酒盛りをしている男性たちに同様の質問をする。女性が指し示す「去年」と「今年」の文字すらぼやけて見えるほど狂酔しているようだ。女性の警告もどこ吹く風で、走り去っていく男性たち。背中にはソンクラーンで使う水鉄砲が掛けられている。そして、軽快な音楽にも乗って仲良くバイクで走り出したかと思えば、すかさず交通事故の衝撃音が響きわたる。ところが、画面は切り替わって優雅な音楽とともに水掛け祭りおなじみの様子が映し出されている。さて、驚愕(きょうがく)の結末は見ての通りである。

これはタイ観光局とタイ警察からの訴えである。あえて凄惨(せいさん)さだけに的を絞らずに、面白おかしく描く感覚はタイ人の右に出る者がないのではないだろうか。日本なら不謹慎だのへったくれだのと罵詈(ばり)雑言浴びせられること間違いない。

2018年のソンクラーン祭りにおける交通事故

タイでは社会問題化しているタイの正月に頻発する交通事故だが、こちらは厳粛な雰囲気で危険を伝えている。先ほどのCMと同じ提供とは思えないほど一変した空気感だ。病院から息子の死を告げられた後に表示される最後の字幕が心に重くのし掛かる。「最も悲しむ人が、あなたを最も愛する人」。

タイ当局によると、2018年のソンクラーン祭り期間中の4月11~17日の交通事故による死者は418人となり、昨年より28人増加した。期間中の飲酒運転の検挙数は自動車20万9881台とバイク28万631台となっている。また、自動車4520台とバイク1万1768台が押収された。

情報化社会に潜む危険とは?

粗暴な立ち振る舞いをする市場の所有者が登場する。家賃滞納者や仕事で失敗した者をこっぴどく叱りつけ、市場で働く者たちの備品に当たり散らし、理不尽な態度をしている。

その様子を収めた短い映像がSNSに投稿され、多くの閲覧者によって拡散された。瞬く間に3日間で100万回以上の再生回数となり、不条理な所有者に対して非難ごうごうとなる。

やがて世間から指弾されていることを知った所有者。そして、部下から「どうしますか」と聞かれ、長い沈黙の後に「全てこれまで通り」と言い放ったのだ。ところが、切り取られた映像には映し出されない所有者の「過去」の行動に、胸を打たれることになる。

過払いと言って賃料の一部を返し、何度もはかりで顧客をだます肉屋の店主に大目玉を食らわし、体調不良の男性に外でマッサージを施し、売れ残っている商品をまとめ買いし、ふさぎ込んでいる露天商に声を掛け、耳の不自由な女性には紙に字を書いてもてなした。これが彼女の「いつも通り」なのだ。

そして、ここでもタイ人の機知に富んだ演出に魅せられる。このまま感動的な流れで締めくくることもできたはずだが、結末は違っていた。「全てこれまで通り」の彼女の声とともに、ひっきりなしにがなり立てる姿があった。この一こまによって、奇麗事だけではない「真実味とおかしさ」を同時に得ることに成功している。念のために補足させてもらいたい。これが彼女の「いつも通り」なのである。

現代に潜在する先入観により、誤った方向に情報が独り歩きしていしまう怖さ。それを如実に表現したCMではないだろうか。また、このCMをタイのセブンイレブンを経営しているCP ALL社が制作している点が意義深い。なぜなら、自社の商品を一切宣伝しない公共広告だからだ。

日本の国益を無視した一部のマスメディア*8は情報操作に明け暮れているから、このCMに思い当たる節が多々あるはずだ。

この青年はなぜ善行を積むのか?

どこにでもいるような名もない男性が赤の他人に思いやりを持って接する。困窮している人間を見ては手を差し伸べるのである。孤独な老人には人知れず食べ物を届け、物乞いの親子になけなしの金銭を恵み、野良犬にすら自らの食事を分け与える。

たとえ誰かに後ろ指を指されても彼は貫き通す。やがて物乞いの子どもは学校に行けるようになり、老人も厚情に気付き、顔をくしゃくしゃにして喜んだ。そして、親切の好循環が始まり、彼に助けられた人々も他人に深い情を与えるようになったのだ。

タイ感動CMの雄「タイ生命保険」のCMである。「与えること」の概念が日本の大乗仏教*9とタイの上座部*10仏教で少しばかり異なるとする意見もある。また、実利の軽重によって解釈が大きく分かれるところかもしれない。しかし、最後の「あなたにとって一番大切なものはなんですか」の質問には誰もがきっと考えさせられるに違いない。

まとめ

開いた本の上に置かれたひもで方取ったハートマーク

映像で魅する教訓。その訴求力がタイのCMは高いのかもしれない。無論商品用の15秒CMも当然存在するが、ご紹介したCMには引き付ける魅力がないだろうか。まるで素晴らしい映画に巡り合った後の心地よさのような。

また、これらを制作しているタイ人の潜在能力にも目を見張るものがある。タイの社会通念の一端はCMによって形成されいく側面があるのかもしれない。そして、忘れてはならないのが、日本ならのべつ幕無しに過剰反応され、日の目を見ない創造性や独創性が、タイという風土では受け入れられて育っていることだ。

たとえタイ人が本を読まないとしても、「人の心」はしっかりと読んでいるようだ。

(出典:YouTube

*1:【Thai・泰】(Thailand)インドシナ半島中央部にある王国。旧称シャム。13世紀以後タイ人の国が起こり、先住のモン人・クメール人などを合わせ、1782年現ラタナコーシン王朝が成立、1932年立憲君主制。面積51万3000平方キロメートル。人口6598万2千(2010)。国民の大多数が仏教徒。首都バンコク。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*2:【commercial】コマーシャル‐メッセージの略。民間放送で番組の合間に行う広告。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*3:初等教育を終える年齢以上の人口に対する、文字の読み書きができる人の割合。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*4:(Association of South-East Asian Nations)東南アジア諸国連合。1967年にインドネシア・シンガポール・タイ・フィリピン・マレーシアの5カ国で結成した地域協力機構。84年ブルネイ、95年ベトナム、97年ラオス・ミャンマー、99年カンボジアが加盟。首脳会議・調整理事会(外相会議)・事務局(ジャカルタ)などを持つ。2008年基本条約であるアセアン憲章が発効。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*5:(social networking service)インターネット上の会員制サービスの一種。友人・知人間のコミュニケーションを円滑にする手段や、新たな人間関係を構築する場を提供する。企業や政府機関でも情報発信などに活用される。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*6:【Facebook】実名での登録を原則とするSNSの一種。2004年アメリカのザッカーバーグ(M. Zuckerberg1984~)らが創設。同名の企業が運営。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*7:【YouTube】動画サイトの一つ。無料で動画を視聴・公開できる。2005年開設。06年アメリカのグーグルが買収。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*8:【mass media】マス‐コミュニケーションの媒体。新聞・出版・放送・映画など。大衆媒体。大量伝達手段。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*9:紀元前後頃からインドに起こった仏教の一派。従来の仏教が出家者による涅槃の獲得を目標としていたのを小乗仏教として批判し、自分たちを菩薩と呼び成仏を目標とする立場をとった。東アジアやチベットなどの北伝仏教はこの流れを受けている。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*10:(Theravāda(パーリ))部派仏教の一派。上座を中心とする派の意で、伝統重視の傾向が強い。仏滅後100年頃、仏教教団は上座部と大衆部(だいしゅぶ)に根本分裂し、のち上座部はさらに説一切有部(せついっさいうぶ)などに分裂した。東南アジアに伝わる仏教は上座部の中の分別説部に属する。