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失心するタイ人が連発?独特な徴兵制から垣間見るタイ!

銃を左手に持ち整列する軍人たち

「学校を卒業したら兵役を経て社会人へ」。タイでは兵役が成人男子に課された義務となっている。しかし、全ての男性が軍籍に入るわけではない。果たして選抜方法とはいかに。一風変わった徴兵制とそれを取り巻く環境にはタイらしさが如実に表れているのだ。

タイの軍備

タイ軍人の詰め所

タイ*1の国土は隣国ミャンマー*2、カンボジア*3、ラオス*4、マレーシア*5と接し、長い海岸線も擁する。そのため、国防には大規模な軍備が必須となる。タイといえば観光大国であり、ほほ笑みの国の異名を持つが、隣国は政治的に不安定な要素もあるため、タイの社会は常に緊張感を強いられる立場といえる。

実際に2008年と2010年にはタイ国軍とカンボジア軍との小規模な軍事衝突が起きている。また、政情が不安定なミャンマーから流入した難民に対し、継続的な対処もしなければならない。さらに、タイ国内でもタイ国軍が暫定政権を担うため、政治を主導しながら国民に対して引き締めも図らなければならない。そんなこんなでタイの軍人は多事多端なのである。

タイの危機管理と軍事費

2018年のタイ国の軍事予算は国内総生産*6の約1・5%に及ぶ2220億バーツ(約7500億円/2018年7月18日現在)で、前年度よりも4・6%も増加している。

また、タイでは18歳の男性を対象に予備兵への登録があり、21歳の男性を対象に徴兵要請がある。兵役はそれぞれ陸海空軍への割り当てが成され、2年間にわたり軍務に服する。対象年齢に達すると対象者宛てに郵便物で通知が届き、指定日に各県の軍施設で実施される徴兵選抜に参加しなければならない。

くじ引きによる徴兵選抜

中身が隠されたくじ

タイの徴兵の仕組みは独特である。招集状は各対象者に配布され、指定された場所に集められる。対象者は身体検査を受け、健康で適任とみなされると「くじ引き」に進む。

抽選箱には徴兵を意味する赤票と徴兵免除を意味する黒票が入っており、くじを引いた直後に担当官によって確認され、当たり外れを宣告される。会場はまるでビンゴ*7を楽しんでいるかのごとく陽気な雰囲気にも包まれている。ただし、そのくじの色に若い男性の運命が託されている。いわば人生の重大局面を迎える瞬間なのである。

ニューハーフと徴兵制

タイでは自由を重んじる風土からもLGBT*8がたくさんいるとされているが、どのような処遇を受けるのか気になるところだ。一般論的には平等の精神に基づいて、同様に徴兵の対象となり、くじを引きに行かなければならない。

しかし、徴兵対象者は健康状態の検査のため、上半身裸にならなければならない。それを大衆が観覧しているので、身も心も女性なら一大事というわけだ。そこで、ニューハーフ*9の徴兵対象者には幾つかの配慮がなされている。まず身体検査では上半身裸になる必要はない。さらに、徴兵の義務がないタイ人女性と同じように兵役の免除がされる特例もあるのだ。

現状における特例の条件とは外科手術を伴っているか、「第三の性」を公表してから充分な期間が経過しているかが精査される。つまり、性的な嗜好(しこう)や兵役逃れの演技でないことが証明された場合にのみ適応されるのだ。

僧侶と徴兵制

タイでは男子たるもの一度は「寺に出家して修業すべし」とする風習が根強く残っている。僧侶がだいだい色のけさを身にまとい、タイの町中を歩く姿を目にした旅行者も多いはずだ。

ただし、仏門に帰依していても徴兵の対象になる。以前は宗教従事者の徴兵免除制度があったが、新徴兵制によって撤廃され、対象年齢のタイ国民の男性は軍籍への編入を決めるくじ引きに臨まなければならなくなった。

タイの徴兵会場あるある

規律の厳酷な軍隊での生活を21歳の若者たちは戦々恐々としており、表情からは並々ならぬ緊張感も漂っている。何せ赤票か黒票かによって運命が分かれるので、精神的な重圧をひしひしと感じていることだろう。

そして、徴兵対象者一人一人が名前を呼ばれてくじ引きをする。家族や知人も観覧可能なため、会場は異様な盛り上がりを見せる。まさしく狂喜乱舞と阿鼻(あび)叫喚が入り交じるジャック・オッフェンバック氏作曲の「天国と地獄」がぴったりの場面である。

兵役が確定して泣き崩れてしまったり、気絶してしまったりと間接的に軍務の過酷さを物語る光景である。ちなみに、陸海空の中でも「海軍」の厳しさときたらタイ人の誰もが知るところだ。

一方、兵役の免除が確定して歓喜のあまり踊ったり、見た目は女性なのに太い声で叫んだりと有頂天になっている。その様子を不機嫌な顔付きで軍人である担当官が見ているかと思えば、決してそうではない。手を取り合って喜んであげたり、破顔一笑したりしているのだ。この一場面にも懐の深さと楽しむのが上手なタイ人の気質を垣間見た。

報道陣も出入り自由

タイの報道は基本的に個人情報やコンプライアンス*10規定が緩く、毎年の風物詩として「タイの徴兵」がテレビで報道されている。日本人がウグイス*11を目にして春の訪れを知らされるように、タイ人も徴兵の映像に雨期の足音を感じるのかもしれない。

思わず吹き出してしまうのが、意気消沈していようが、デリケート*12な問題を抱えていようが、情け容赦ないインタビュー*13が繰り返されることだ。タイが「自由の国」の異名も持つのを認知させられた気がする。

まとめ

気を付けの姿勢をとるボーイスカウトに所属するタイ人の少年たち

現代の日本では災害時を除き、町中に自衛隊*14がいる光景にぴんと来ない。しかし、タイでは未遂も含めると戦後に19回ものクーデター*15を経験し、軍人が政治的権力を掌握して支配を行う政治形態に慣れている。また、王室の護衛を近衛兵*16である軍人が行ったり、デモ*17の鎮圧をしたりとタイ国民との接点も少なくない。

無論タイ人の中には自ら軍人を志願し、国益を守護する道を選ぶ愛国者も存在する。しかし、その志願者だけでは軍隊を充足しきれないのも事実である。

タイの国名にも由来する「自由」とは正反対ともいえる軍務。明暗を分けるくじ引きに弱冠21歳が怖気付くのも無理もない。しかし、これからの国家を支える若者が国防について一考する機会となるのは実に意義深い。

だから、飛翔(ひしょう)体だのヘリコプターがどうだの寝ぼけたことをほざいている日本のコウモリ*18たちも、自衛隊の懸命な活動を目の当たりにすべきだと思うのだ。そして、大局的見地から「国の防衛」を捉えなければならない。

ちなみに、赤票の海軍を選んでしまったタイ人はタイだけに「大乱だ」。

*1:【Thai・泰】(Thailand)インドシナ半島中央部にある王国。旧称シャム。13世紀以後タイ人の国が起こり、先住のモン人・クメール人などを合わせ、1782年現ラタナコーシン王朝が成立、1932年立憲君主制。面積51万3000平方キロメートル。人口6598万2千(2010)。国民の大多数が仏教徒。首都バンコク。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*2:【Myanmar】東南アジア大陸部の西部にある連邦共和国。11~13世紀パガン朝が栄え、19世紀イギリスの支配下に入ったが、1948年ビルマ連邦として独立。89年現名に改称。住民はビルマ人を主とし少数民族も多い。大半は仏教を信奉。面積67万6600平方キロメートル。人口5028万(2014)。首都ネイピードー。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*3:【Cambodia・柬埔寨】インドシナ半島南東部の国。1世紀以来扶南、7世紀以来真臘(しんろう)と称した。1863年フランスの保護国。1953年立憲王国として独立。75年国名を民主カンプチアと改称。78年以来の内戦ののち、93年カンボジア王国が成立。面積18万1000平方キロメートル。人口1339万6千(2008)。住民の大部分はクメール人で仏教徒。言語はカンボジア(クメール)語。首都プノンペン。カンプチア。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*4:【Laos・老檛】インドシナ半島中央部、メコン川中流域を占める人民民主共和国。1353年にランサン王朝が興起。1893年以来フランスの保護領。1945年独立。主要民族はラオ人で仏教徒。山岳・高原地帯には多くの少数民族が住む。言語はラオ語。面積23万6800平方キロメートル。人口649万2千(2015)。首都ヴィエンチャン。ラオ。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*5:【Malaysia】マレー半島南部とボルネオ(カリマンタン)島北部から成る国。1963年マラヤ連邦・シンガポールおよびサバ・サラワクが合併して建国。65年シンガポールが分離・独立。立憲君主制。マレー人と華人が人口の大部分を占める。面積33万平方キロメートル。人口2833万4千(2010)。首都クアラ‐ルンプール。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*6:(gross domestic product)一定期間(通常1年間)に国内で新たに生産された財・サービスの価値の合計。国民総生産から海外での純所得を差し引いたもの。GDP/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*7:【bingo】数字合せによる賭博遊戯の一種。各自が5行5列の枡に無作為に数字が入っているカードを持ち、一定の方法で選ばれた数字と同じ数字を自分のカードの中で消してゆき、縦・横または斜めの1列の数字を早く消した者が勝つ。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*8:【LGBT】レズビアン・ゲイ・バイセクシャルおよびトランスジェンダーを指す語。GLBT/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*9:(和製語 new half)女装した男性。また、女性への性転換者。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*10:【compliance】要求や命令に従うこと。特に、企業が法令や社会規範・企業倫理を守ること。法令遵守。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*11:【鶯】 スズメ目ウグイス科の鳥。大きさはスズメぐらい。背面褐緑色、下面白く、白色の眉斑がある。低山帯から高山帯の低木林に至るまで繁殖し、冬は低地に移り、市街地にも現れる。さえずりの声が美しい。別名、春鳥・春告(はるつげ)鳥・花見鳥・歌詠(うたよみ)鳥・経読(きょうよみ)鳥・匂鳥・人来(ひとく)鳥・百千(ももち)鳥など。〈 春 〉。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*12:【delicate】微妙で扱いが難しいさま。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*13:【interview】取材のために人に会って話を聞くこと。また、それをまとめた記事や放送。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*14:日本の安全を保つための、直接および間接の侵略に対する防衛組織。内閣総理大臣が最高指揮権を有し、防衛省が管理・運営する。陸上・海上・航空の各自衛隊から成る。1954年(昭和29)防衛庁設置法により、保安隊(警察予備隊の後身)・警備隊(海上警備隊の後身)を改組したもの。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*15:【coup d’État(フランス)】(「国家への一撃」の意)非合法的手段に訴えて政権を奪うこと。通常は支配層内部の政権移動をいい、革命と区別する。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*16:帝王・王室の守護・儀仗の任に当たる兵士。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*17:デモンストレーションの略。特に示威行進をいう。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*18:【蝙蝠】(カワホリの転)(獣なのに鳥のように飛ぶところから)情勢の変化を見て優勢な側に味方する者をののしっていう語。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)