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タタ・モーターズの「Nano(ナノ)」から教わる少欲知足

斜め前方から見た赤色のTata・GenX Nano

2008年にインドのタタ・モーターズから発売されたNanoと呼ばれる車種が一部で話題になった。日本未発売だったが、当時28万円の世界最安値の小型乗用車であった。この車はわれわれが喪失しかけている「欲の少なさ」を思い出させてくれる。

2018年3月29日:用字用語の整理。

タタ・モーターズとNano

斜め後方から見た赤色のTata・GenX Nano

「Tata Motors(タタ・モーターズ)」はインド*1の大手自動車会社である。日本ではなじみがないだけに、なんとなく屈曲した悪印象を持たれがちである。しかし、バス*2、トラック*3、乗用車、軍用車まで取りそろえた大企業である。

1961年以降、タタ・モーターズはインド国外にも販路を拡大してきた。そして、現在では170カ国、総販売台数850万台となっている。海外進出先としては、アフリカ*4、中東*5、ロシア*6、東南アジア*7などである。

企業であるタタ・モーターズをもう少し掘り下げると、1868年にジャムシェトジー・タタ氏が立ち上げた綿の貿易会社までさかのぼる。タタ・モーターズは事業の一部分であり、タタ財閥とも称されるグループ*8企業全体で見れば、自動車、製鉄、電力、IT*9、はたまた紅茶まで販売している。2006年のタタグループ売上高はインド国内総生産*10の3・2%に相当するほどだ。

そんなタタ・モーターズはあることに着目する。それはインド国内で頻繁に目にするバイク*11の3人乗りもしくは4人乗りの光景だった。「バイクがファミリーカー*12」のような状況に、より快適で安価な小型自動車を提供しようとしたのである。それは民間企業によって発案された国民車的構想であった。

インドでは既に1983年からスズキ・アルトが現地子会社により生産・販売されており、大人気であった。このアルトに対抗し、半額の10万ルピー*13で発売が計画された車種がNanoであった。Nanoがインド国内で販売され始めたのが2009年である。実際の新車価格は11万ルピー、当時の為替で約21万7000円という破格の安値で小型四輪車が誕生した。

初代Nanoは材料価格の高騰や販売不振により、赤字続きになったそうだ。そして、初代の販売開始から6年後の2015年には最安値の実現から若干路線変更された2代目Nanoが登場している。

2代目Nanoについての詳細

斜め前方から見た銀色の初代Tata・Nano

2代目の新型となったNanoは車名が「GenX Nano」に改められた。恐らく「GenX」は「Generation*14 X」から派生して生まれた造語で、「新世代のナノ」を意味するのだろう。ここでは2代目Nanoと記す。

それでは、主な諸元をご紹介しよう。

Tata・NanoとTata・GenX Nanoの諸元表
全長 × 全幅 × 全高 3,164 × 1,495 × 1,652mm
ホイールベース 2,230mm
乗車定員 4名
エンジン 2気筒624cc
最大出力 38PS / 5,500rpm
最大トルク 51Nm / 4,000rpm
トランスミッション 4速M / T、5速自動M / T
サスペンション(前) マクファーソン式ストラット
サスペンション(後) セミトレーリングアーム式
ブレーキ(前 / 後) ドラム式 / ドラム式
タイヤ(前) 135 / 70 R 12
タイヤ(後) 155 / 65 R 12
車両重量 695kg ~ 765kg

2代目Nanoは2009年に発売された初代Nanoと基本的にボディー*15やエンジンは同じである。初代Nanoは10万ルピーの新車価格を実現するために、徹底した簡素化が行なわれていた。1本のワイパー*16や運転席側だけのサイドミラー*17の他に、ハッチバック*18部分も開けることはできなかった。

それに対して2代目Nanoは22万8000ルピー、現在の為替レートで37万4000円からとなっている。新車価格が2倍になっていることもあって、初代よりかなり豪華になっている。最たるところではハッチバックの開閉が可能となったことであろう。また、上級グレード*19では電動パワーステアリング*20や集中ドアロック*21、CD・MP3*22の音響システム*23まで搭載されている。

もう一つの特徴はNanoは初代からリアエンジン・リアドライブのRR*24を採用していることである。このあたりは自社生産時代のスバル・サンバーと似ている。2代目Nanoもラジエーター*25が車体前方に移設された以外は同方式が継承されている。

2代目Nanoの独特な面白さとは?

Tata・Nano GenXの内装

初代Nanoの英国専門誌による評価を見てみると、「最安値の車とはいえ、それが最悪であるとは限らない。縦横の寸法は初代MINI(ミニ)と同様の小ささで、全高を高くしている。インドの一般的なバイクよりもはるかに快適で、安全に目的地まで行くことができる」というような記述がある。

初代Nanoのボディーを改善しつつ大幅に刷新させた2代目Nanoである。多少豪華にはなったものの、その設計自体は初代から大きく変わっておらず、そこから思想をくみ取ることができる。諸元表などから見ると、なかなか「ちぐはぐなところ」が面白い。三菱・i(アイ)にも通ずる近未来的な卵型ボディーにもかかわらず、メカニズム*26は昭和の日本車的な構造を取り入れたような感がある。

2代目Nanoはエンジンも初代から引き継がれたもので、最高速度は公表時速105キロとある。先に触れたように、駆動方式はRRであり、後輪には20ミリ太いタイヤ*27を履かせているのが、それを控えめに物語る。動力は日本の軽自動車より排気量の小さな2気筒624cc*28のエンジンに電子制御燃料噴射装置の組み合わせだ。

ボディーは欧州の前面・側面衝突安全テスト*29にも合格している。そのため、あと15ミリだけ横幅を削れば、軽自動車枠として日本にも導入可能であろう。残念ながら日本での発売予定はないようだが、2009年の福岡*30モーターショー*31に初代Nanoが参考出品され、それなりの話題となったようである。

ブレーキ*32は「この車重と速度なら、これで十分」と言わんばかりに、前後輪ともにドラムブレーキ*33である。日本の軽自動車でも、550cc時代までは10インチ*34タイヤに前後ドラムブレーキが用いられていた。国産車でこの前後輪ドラムブレーキは絶滅したが、最後までこれを採用していたのは基本設計の古かった三菱・ジープであったと思われる。ドラムブレーキはディスクブレーキ*35に比べ安価に製造できる。しかし、ペーパーロック現象を起こしやすいこと、深い渡河などでドラム内部に浸水すると、乾くまで全くブレーキが効かなくなる不利な点がある。

まとめ

斜め前方から見た白色のTata・GenX Nano XE

2代目Nanoになり、現在その新車価格はインドのニューデリー*36で22万8000ルピー(約38万円/2018年2月25日現在)~32万2000ルピー(約53万円/2018年2月25日現在)となっている。Nanoの場合は今もって簡素で最安値の「XE」グレードに魅力が詰まっている。

Nanoのつくりは随所にコストを下げるための努力が見られる。インパネ*37下の配線やシート*38下のバッテリー*39などが露出している部分である。特に昨今の乗用車はエンジンにまでカバー*40を掛けて装飾している。その手の視点から見た場合、Nanoの仕上げは「あら」と解釈されてしまうだろう。

特に日本においては愛車の整備に関心を持たない方が増えている。しかし、車が好きな方であれば、自分で整備をすることも楽しみの一つであろう。そんなときに、先ほどのエンジンカバーや各所のねじなども見事に「隠蔽(いんぺい)」された車は整備が非常にしづらいのだ。この観点から捉えると、バッテリーなどもむき出しの方が返って好都合である。

Nanoには「大きな玩具」のような放っておけない引力がある。実際の走りは大したことがなかったとしても、なぜか「所有欲」をかき立てられるのは不思議なものだ。その理由としては無駄がなく質素な構造や潔さが漂うホンダ・モンキーにも通ずる面白さを感じられるからだろう。つまり、自分自身で世話ができ、「自分色の車」に染められるといったところだ。

Nanoの最廉価グレード「XE」にはエアコン*41、パワーステアリング、パワーウインドー、音響設備などの快適装備は一切付いてこない。これらの装備は国産車に付属していない車種を探す方が大変なほどだ。しかし、元をたどれば、原動機の動力で走る車にとって、これらの装備はただの付加価値的なものである。車重の軽い車であれば、パワーステアリングも必要ない。窓は手動でぐるぐる回した方が、故障もなく信頼感がある。ただし、あの灼熱(しゃくねつ)の太陽を思い出すと、エアコン無しはあまりにも地獄だが。

日本で徹底的に簡素化された車種を再び発売しても、もはや売れないことは目に見えている。しかし、例えば「懐旧的な雰囲気」を前面に押し出す新型国産車ならどうだろうか。ここまで徹底した1台が時代の流れを遡上(そじょう)してもいいはずだ。

ただし、さかのぼり過ぎて「馬に引かせる車」になれば御免被りたい。

(出典:Tata Motors Limited

*1:【印度】(India)南アジア中央部の大半島。北はヒマラヤ山脈を境として中国と接する。古く前2300年頃からインダス流域に文明が栄え、前1500年頃からドラヴィダ人を圧迫してアーリア人が侵入、ヴェーダ文化を形成。前3世紀アショーカ王により仏教が興隆。11世紀以来イスラム教徒が侵入、16世紀ムガル帝国のアクバル帝が北インドの大部分を統一。一方、当時ヨーロッパ諸国も進出を図ったが、イギリスの支配権が次第に確立、1858年直轄地。第一次大戦後、ガンディーらの指導で民族運動が急激に高まり、1947年ヒンドゥー教徒を主とするインドとイスラム教徒を主とするパキスタンとに分かれて独立。古名、身毒・天竺。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*2:【bus】(omnibus の略)大型の乗合自動車。通常、一定の路線を運行し、一定の運賃で乗客の輸送をする。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*3:【truck】貨物自動車。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*4:【Africa・阿弗利加】(ローマ人がカルタゴ隣接地方を呼んだ語。のち南方の大陸全土を指した)六大州の一つ。ヨーロッパの南方に位置する大陸。かつて暗黒大陸といわれ、ヨーロッパ列強の植民地であったが、第二次大戦後急速に独立国が生まれ、その数は周辺の島嶼国も含めて約55。イスラム世界の北アフリカとサハラ以南アフリカとに大別される。面積3031万平方キロメートル。人口11億9千万(2015)。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*5:〔Middle East〕西アジアとアフリカ北東部の地域の総称。イラン・イラク・サウジアラビア・トルコ・イスラエル・エジプトなどが含まれる。ヨーロッパから見た名称で,極東と近東の間の地域。二〇世紀初めまではインド半島・イラン・アフガニスタンなどの総称として用いられた。中近東。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*6:【Rossiya(ロシア)・露西亜】ヨーロッパ東部からシベリア・極東に及ぶ、東スラヴ系のロシア人を中心とする国。862年ノヴゴロド公国の成立に始まり、10世紀にはキエフ公国が栄え、13世紀モンゴル人に征服されたが、1480年モスクワ大公国が独立。ツァーリの専制権力を強化し、17世紀以降300年余りロマノフ王朝の絶対主義支配が続いたが、1917年の革命を経て、22年ソビエト社会主義共和国連邦が成立、同連邦内のロシア‐ソビエト連邦社会主義共和国となる。91年のソ連解体で独立。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*7:アジアの東南部。ベトナム・ラオス・カンボジア・タイ・ミャンマー(ビルマ)・フィリピン・ブルネイ・マレーシア・シンガポール・インドネシア・東ティモールを含む。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*8:【group】群。集団。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*9:(information technology)コンピューターや通信など情報を扱う工学およびその社会的応用に関する技術の総称。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*10:(gross domestic product)一定期間(通常1年間)に国内で新たに生産された財・サービスの価値の合計。国民総生産から海外での純所得を差し引いたもの。GDP/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*11:【bike】モーターバイクの略。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*12:【family car】家族用の自動車。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*13:【rupee】インド・パキスタンなどの貨幣単位。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*14:世代。また、同世代の人々。ゼネレーション。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*15:【body】車体。機体。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*16:【wiper】拭くもの。特に、自動車・電車・船舶などの前窓にかかる雨滴などを拭い取る装置。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*17:(和製語 side mirror)自動車の車体の両側に取り付けた、後方を見るための鏡。側鏡。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*18:【hatchback】乗用車のボディー‐スタイルの一つ。車体後部にはね上げ式のドアが付いているもの。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*19:【grade】等級。段階。品等。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*20:【power steering】ハンドルを軽く操作できるように、油圧・空気圧などによる補助動力機構を備えた自動車のかじ取り装置。パワステ。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*21:【lock】錠をおろすこと。鍵をかけること。錠。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*22:(MPEG audio layer-3)音声データ圧縮の規格の一つ。人間の感じ取りにくい領域のデータを間引くことによって高い圧縮率を得る。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*23:【system】複数の要素が有機的に関係しあい、全体としてまとまった機能を発揮している要素の集合体。組織。系統。仕組み。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*24:【和製語rear-engine, rear-drive】後部エンジン後輪駆動。自動車の後部に搭載したエンジンによる後輪駆動方式。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*25:【radiator】放熱器。暖房器。特に、自動車エンジンの冷却器。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*26:【mechanism】機械装置。仕掛け。機構。仕組み。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*27:【tire; tyre】車輪の外囲にはめる鉄またはゴム製の輪。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*28:(cubic centimetre)立方センチメートルを表す記号。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*29:【test】試験。検査。特に、学力試験。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*30:福岡県北西部にある市。県庁所在地。政令指定都市の一つ。もと黒田氏52万石の城下町。九州の経済・交通・文化の中心。人口153万9千。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*31:【motor show】新型自動車などを一堂に集めて発表・展示する会。自動車見本市。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*32:【brake】車両その他機械装置の速度・回転速度などを抑えるための装置。手動ブレーキ・真空ブレーキ・空気ブレーキなどがある。制動機。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*33:【drum brake】車輪と一緒に回転する円筒(ドラム)の内側または外側から、ブレーキ片を押しつけて制動力を得る制動装置。ブレーキ効率は高いが摩擦熱がこもりやすい。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*34:【inch・吋】ヤード‐ポンド法の長さの単位。1フィートの12分の1。2.54センチメートル。記号 in/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*35:【disc brake】ブレーキ装置の一つ。車軸に固定した摩擦円板をブレーキ片で押さえ、制動する。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*36:【New Delhi】インド共和国の首都。デリーの新市街。1931年完成。連邦議事堂などがある。人口30万2千(2001)/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*37:〔instrument panel から〕自動車などで,運転席に設けた計器盤。多く,計器や操作スイッチを並べた前面のパッド入りパネル全体をさす。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)

*38:【seat】席。座席。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*39:【battery】蓄電池。電槽。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*40:【cover】物をおおうもの。おおい。/出典:広辞苑 第七版(岩波書店 2018年)

*41:エア-コンディショナー(空調設備)・エア-コンディショニング(空調)の略。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)